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甲賀流忍者屋敷
こうかりゅうにんじゃやしき
滋賀県甲賀市(こうかし)甲南町竜法師(りゅうぼし)2331
Tel 0748-86-2179


 甲賀流忍者屋敷はJR甲南駅の南約1.3km、竜法師集落のほぼ中央にあります。茅葺きの普通の農家ですが、忍者自身のからくりが意匠された日本で唯一現存する屋敷です。内部は、中二階、三階と 隠し部屋があり、どんでん返し、隠し梯子、落とし穴、抜け道、からくり窓などが仕掛けられています。
 この忍術屋敷は、甲賀流忍者53家の筆頭格、望月出雲守の住居として、江戸時代に建てられたものです。望月家は信濃御牧の牧監とも伝えられる滋野氏の一族で、信濃16牧の筆頭「望月の駒」を継承しました。平将門の乱で望月三郎兼家が武功のあり、恩賞で甲賀16ケ村を贈られました。
 甲賀武士(甲賀忍者)の活躍が全国に知られるようになったのは長享元年(1487)の「鈎(まがり)の陣」の戦いです。足利9代将軍義尚が味方の佐々木六角氏を追って甲賀城を攻めた時、甲賀山中でさまざまな奇襲を仕掛け、夜陰には義尚の本陣に迫って火や煙を放つなどして撃退しました。
 神出鬼没の戦術やその高い戦闘能力で甲賀忍者と呼ばれるようになりました。徳川家康は本能寺の変で明智光秀に帰路を阻まれました。甲賀忍者の好意的な援護により、宇治田原から信楽へ入り、甲賀53家の多羅尾家で一泊し、服部半蔵らの伊賀越えで、三河まで戻れました。多羅尾氏は後に代官に取り立てられています。


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