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奈良の旅と歴史
滋賀の旅    草津市

鞭崎神社
むちさきじんじゃ
滋賀県草津市矢橋町1462
Tel 077-562-5762


 鞭崎八幡宮は石津寺の近くにあります。当初は矢橋八幡宮と称していましたが、建久元年(1190)、源頼朝が京都に上る途中、矢橋の浦から鞭を上げて当社を指し、村人に名を尋ねたことから鞭崎八幡宮と称するようになったそうです。
 鞭崎神社の創建は白鳳4年(676)で、天武天皇の勅命により、右大臣をしていた大中臣清麻呂(おおなかとみのきよまろ)が創建したと伝えられています。源頼朝は当社を深く崇敬し、建久3年(1192)に卜部兼藤に命じ、社領を寄進し社殿を再建させています。
 慶長8年(1603)、膳所(ぜぜ)城主戸田氏から10石、正保4(1647)には同城主石川氏から5石の社領の寄進を受けています。慶安4年(1651)に本多俊次が7万石で入封して以来、明治維新まで13代220年間本多氏が膳所藩主を勤めましたが、その間庇護され、社運も隆盛しました。
 明治維新後、膳所城は解体され、城の門の多くが別の場所に移築されました。ここ鞭崎神社の表門は膳所城の南大手門を譲り受けたもので、膳所神社の表門、篠津神社の表門とともに国の重要文化財に指定されています。


鞭崎神社表門(国重文)
 鞭崎神社の表門は膳所城の南大手門が移築された建物です。昭和52年(1977)の屋根の葺き替え工事の時に明らかになりました。明治まで250年間続いた膳所城は明治4年(1871)に廃城になり、北大手門は篠津神社の表門に、二の丸より本丸への入り口にあった城門は膳所神社の表門に移築されました。
鞭崎神社表門
 表門は本瓦葺きの高麗門で、門右手には潜り戸があります。屋根は本柱通りに切妻を掛け、控えにはそれより低い切妻屋根をのせています。太くて頑丈な木材が縦格子に組み立てられ、その上に板を平列に張り、さらにその上に鉄板を直角に縦方向に張るという頑丈な門です。鞭崎神社の表門は明治39年(1906)に国の重要文化財に指定されています。
鞭崎神社表門


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