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奈良の旅と歴史
滋賀の旅    草津市

志那神社
しなじんじゃ
滋賀県草津市志那町727
Tel 077-568-2572


 志那神社は、草津駅の北西約4.5kmのところ、琵琶湖岸にほど近いところに建てられています。志那神社の創建は不詳ですが貞観9年(867)に奉納された鏡や鈴が現存することから、それ以前に鎮座していたと思われます。
 社記に志那神社は徃古延喜式式内意布伎神社とあります。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に意布伎神社であったことがわかります。三大神社、惣社神社とともに古くから格式の高い意布伎神社であったようです。志那三郷の藤で有名ですが、各々の境内には藤が植えられています。
 祭神は志那津彦命(しなつひこのみこと)、志那津姫命(しなつひめのみこと)、伊吹戸命(いぶきどぬしのみこと)です。志那津彦命は、日本神話に登場する神で、古事記では志那都比古神(しなつひこのかみ)、日本書紀では級長津彦命(しなつひこのみこと)と記されています。
 古事記では、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)の子で、風の神として有名です。志那は「息が長い」という意味があるそうです。古代人は、風は神の息から起きると考えていました。稲作に欠かせないものですが、台風などの暴風は被害を受けるため、各地で暴風を鎮めるために風の神である志那津彦命が祀られるようになったようです。。
 境内には国の重要文化財に指定されている本殿のほか、拝殿、白山神社、八幡神社、祭器庫、黒門、百灯屋舎、太鼓部屋、手水舎、社務所、石燈籠などが建てられています。参道の両側には、滋賀県の保護樹木に指定されている黒松が植えられています。
 5月3日には国選択無形民俗文化財の「草津のサンヤレ踊り」が催されます。草津市内に伝承される踊りで、少年や青年が太鼓や鉦、笛などの楽器を持って簡単な踊りを行い、そのまわりを笹や扇子などの彩り物をもって取囲みます。そして囃し歌う民俗芸能が踊られます。


志那神社拝殿
 鳥居をくぐった真正面に志那神社の拝殿があり、その奥に本殿があります。間口3間、奥行3間、本瓦葺き、入母屋造りです。京都や滋賀によく見られる舞殿のような拝殿です。
志那神社拝殿

志那神社本殿(国重文)
 志那神社の本殿は永仁6年(1298)に大工の藤井宗近によって建てられた建物です。間口1間、奥行1間の一間社流造り(ながれづくり)、檜皮(ひわだ)葺きの建物です。小規模ながら、純然たる和様建築で、各部に鎌倉時代の特色を残しています。
志那神社本殿
 斗きょうの間には美しい蟇股をつけ、内外陣とも小組天井です。向拝前の鈴を吊り下げる繰形も、創建当初のものだといわれています。祀られている普賢菩薩像は寄木造り、玉眼で唐草文、花文などで彩色されています。合掌の仏相は極めて理知的で洗練された彫刻です。
志那神社本殿
 普賢菩薩像の底には「建武元年戊戌十二月」の朱書銘があり、南北朝時代を代表する貴重な文化財です。昭和41年(1966)に滋賀県の文化財の指定をうけています。また志那神社の本殿は昭和24年(1949)に国宝に指定され、現在は国の重要文化財に指定されています。
志那神社本殿

本殿礎石
 昭和24年(1949)に本殿が国宝に指定されましたが、老朽化しているために修理することになりました。本殿を解体したところ床下から加工石が4個出土したので県で鑑定したところ平安時代の本殿の礎石であることが判明しました。このことから延暦13年(794)から建久2年(1191)の間に建立されたことが判明しました。
本殿礎石

志那神社の藤
 志那神社の藤が境内の右手にあります。
同じ草津市志那町に惣社神社と三大神社があり、立派な藤があることから、これらの藤は「志那三郷の藤」と呼ばれています。
志那神社の藤


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