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奈良の旅と歴史
滋賀の旅    大津市

小野神社
おのじんじゃ
滋賀県大津市小野1961


 小野神社は大津市の旧志賀町小野地区の鎮守社で、小野篁(おののたかむら)や小野妹子(いもこ)、小野小町ゆかりの神社です。遣隋使として随の国に赴いた小野妹子が先祖の天足彦国押人命と米餠搗大使命を祭神として創建したといわれています。
 小野神社は延喜式神名帳に名神大社として名を残しています。天足彦国押人命(あまたらしひこくにおしひとのみこと)は孝昭天皇の第1皇子で、近江国造(くにのみやつこ)の祖と伝えられています。
 米餠搗大使命(たかねつきおおおみのみこと)は天足彦国押人命の7代目の孫で、応神天皇の頃、わが国で最初に餠をついた人物だといわれています。餅造りの始祖とされ、お菓子の神として信仰を集めています。
 境内には本殿の真正面に篁神社の本殿があり、摂社である篁神社の本殿が小野神社本社より大きく、小野篁神社を一ノ宮、小野神社本社をを二ノ宮と呼んでいたようです。少し離れた南側の古びた石段の上には摂社の道風神社があり、2つの摂社は国の重要文化財に指定されています。

小野神社本社
 小野神社は、延喜式神名帳に「小野神社二座名神大」とあり、日吉神社と並ぶ官幣大社であったそうです。小野神社本社は小野篁神社の奥に隠れるように建っています。正面左右には鏡餅灯籠が供えられています。近くには本殿がありますがトタン葺きの簡素な建物です。
小野神社本社

小野篁神社本殿(国重文)
 小野篁(おののたかむら)神社本殿は間口3間、奥行2間、単層、向拝が1間ついた切妻造りの建物で桧皮葺きです。社伝によると、暦応2年(1339)に佐々木氏頼が小野篁神社と小野道風神社を建立したとあります。南北朝時代前期の歴応年間(1338-1342)の建築と考えられています。
小野篁神社本殿
 祭神の小野篁(802-852)は平安初期の公卿で歌人、文学者です。小野妹子の後裔(こうえい)で歌人、漢詩人として名高い峯守の子です。漢詩文「令義解(りょうのぎげ」の撰修に参画。遣唐使の副使に任命されましたが拒否したため隠岐に流されたこともありました。小野篁神社本殿はめずらしい切妻造り平入りの本殿で、明治40年(1907)国の重要文化財に指定されています。
小野篁神社本殿

小野篁和歌石碑
 小野神社境内に、小野篁が詠んだ古今和歌集の中の 「わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟」 と書かれた石碑が建てられています。この和歌は百人一首にも選ばれています。
小野篁和歌

小野小町供養塔
 小野神社境内には小野小町供養塔が建てられています。小町は小野篁の孫にあたります。絶世の美女であったといわれ、平安時代前期の女流歌人、六歌仙・三十六歌仙の一人に選ばれています。 「花の色は うつりにけりな いたづらに  わが身世にふる ながめせしまに」
小野小町供養塔

小野道風神社本殿(国重文)
 小野道風神社の本殿は小野篁神社本殿と同じ造りで、間口3間、奥行2間、単層、向拝が1間ついた切妻造りの建物で桧皮葺きです。暦応4年(1341)の棟札があり、佐々木氏頼により建立されました。明治40年(1907)国の重要文化財に指定されています。道風は篁の孫といわれ、平安時代中期における書の第一人者です。
小野道風神社本殿


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