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奈良の旅と歴史
滋賀の旅    大津市

浮御堂(満月寺)
うきみどう(まんげつじ))
滋賀県大津市本堅田一丁目16−18
Tel 077-572-0455


 浮御堂の寺院名は臨済宗大徳寺派の海門山満月寺(まんげつじ)といい、寺伝によれば、平安時代に比叡山横川(よかわ)恵心院に住した恵心僧都源信(げんしん)(942-1017)が湖上安全と衆生救済のために建立したそうです。
 源信自ら刻んだという1千体の阿弥陀仏を祀って、千仏閣とか千体仏堂といわれ、湖上通船の安全と衆生済度を発願したそうです。ひたすら行に務め、毎日のように水想観(すいそうかん)を行ったといわれています。
 水想観というのは、紅白の蓮華(れんげ)が乱れ咲くといわれる西方浄土(さいほうじょうど)の池に思いをこらすものでした。源信が浮御堂でこの行を始めると、部屋の中いっぱいに水が湧き出て、浄土の池にいるような心境になったといわれています。
 湖中に浮かぶ堂は「堅田の浮御堂」と呼ばれ、大津に数ある景勝地の中でも特にすばらしいものの1つとされ、古くから絵画や詩歌にたくさん描かれています。
 近江八景の「堅田(かたた)の落雁(らくがん)」では、雁が列をなして冬の空を渡っていく姿を背景に浮御堂が美しく描かれ、多くの人々に深く愛されました。
 「鎖(じょう)あけて 月さし入れよ 浮御堂」と元禄4年(1691)の夏に訪れた芭蕉が詠んでいます。小林一茶・歌川広重・葛飾北斎らも詩歌や絵画を残しています。
「湖も      
  この辺にして
      鳥渡る」
             高浜虚子 

満月寺浮御堂
 現在の浮御堂は昭和9年(1934)の室戸台風による倒壊の後、昭和12年(1937)に再建された建物です。倒壊した浮御堂は桜町天皇より御能舞台の御下賜を仰いで建立されたものでした。湖面に25m突き出ていて、高床式の均整の取れたお堂です。昭和57年(1982)にも修理が施され、往時の情緒をそのままに残しています。
満月寺浮御堂
 湖畔から延びる長さ約17mの石橋がある三間四面の仏堂で、唐破風の向拝が1間あります。木造平屋建て、水上舞台造り、本瓦葺きで、屋根は露盤宝珠がついた宝形造りです。柱脚や柱台は鉄筋コンクリート作りで、西崎辰之助が設計し、昭和12年(1937)に完成しました。国の登録文化財に指定されています。
満月寺浮御堂

満月寺山門
 満月寺の山門は宝暦4年(1754)に建てられています。境内の西北部の入口に西面して建つ楼門です。本瓦葺きで、初層軸部の周囲に漆喰塗りの袴腰を付けた竜宮造りです。国の登録文化財に指定されています。
満月寺山門

満月寺客殿
 満月寺の客殿も山門と同じ宝暦4年(1754)に建てられています。木造平屋建て、入母屋造り、本瓦葺きで、建築面積は121平方mの建物です。琵琶湖に向かって東面して建ち、北側面に式台付大玄関を構えています。前列に8畳と10畳の客間があり、後列に内玄関と仏間を配しています。国の登録文化財に指定されています。
満月寺客殿


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