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奈良の旅と歴史
滋賀の旅    栗東市

小槻大社
おつきたいしゃ
滋賀県栗東市下戸山1212


 小槻大社はJR手原駅の南西約2.5kmのところにあります。創紀年代は明らかではありませんが、延喜式神名帳に名を残す古社で、この地を古代統治した小槻山公(おつきやまのきみ)の祖神である於知別命を祀る式内社です。
 小槻山公は大化の改新後、栗太郡司となり、天平年間には朝廷に献上されていた采女・小槻山広虫の名が文献に記されています。その後、小槻氏となり、平安時代には平安京の実務官僚のトップになりました。明治新政まで千年に近く宮廷社会の官務家として活躍しました。
 小槻大社は貞観5年(863)に従五位下を授けられ、康永2年(1343)には正一位を授けられました。中世には青地荘の領主・青地氏の崇敬が篤く諸殿の寄進や修復に尽力しました。弘安4年(1281)に宮殿を本殿に奉納し、永正16年(1519)には本殿を再建しています。これが現在の本殿です。
 近世になると膳所藩から寄進を受け、以後歴代の藩主から庇護されました。明治に入り村社となり、明治14年(1881)には郷社となっています。小槻大社本殿と、木造男神坐像が国の重要文化財に指定されています。5月5日の祭礼には滋賀県選択無形民俗文化財に指定されている「小槻大社花笠踊り」が神前に奉納されます。


小槻大社本殿(国重文)
 小槻大社の本殿は間口1間、奥行1間、の一間社流造り、檜皮(ひわだ)葺きで、永正16年(1519)に青地元眞によって再建された建物です。本殿の中にある宮殿は間口1間、奥行1間、単層、切妻造り、板葺きで、弘安4年(1281)に青地基が奉納したものです。昭和33年(1958)に本殿と宮殿は国の重要文化財に指定されています。
小槻大社本殿
 本殿の正面の柱間数は一間ですが、柱や紅梁などの寸法が太く、一間社としては規模の大きな外観となっています。構成材の木割が大きく、向拝の蟇股(かえるまた)、脇障子腰板の格狭間、破風の懸魚に彫刻が施してありますが、それ以外に装飾はなく全体に簡素で中世武士の気骨を表現した建築と思えます。
小槻大社本殿


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