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奈良の旅と歴史
滋賀の旅    野洲市

大笹原神社
おおささはらじんじゃ
滋賀県野洲市大篠原2375


 大笹原神社は野洲市の東部、国道8号線沿いの大篠原集落から南へ1kmほど入った鏡山の北麓にあります。旧郷社で、平安中期の寛和2年(986)に越知諸実が社領を寄進し、社殿を造営したと伝えられています。
 鎌倉時代の康元元年(1256)、篠原六郎光友が社殿を修復しています。中世に入ると近江の守護大名・佐々木氏の氏神として社領の寄進、社殿の修復が何度も行われました。室町時代には佐々木氏の後裔とされる馬淵氏が庇護しています。
 応永14年(1414)、馬渕定信が社殿を再建しました。現在国宝に指定されている本殿はこの時に建てられたものです。永正13年(1516)には屋根が葺替えられています。明治41年(1908)の一千年祭には佐々木伯爵から寄進を受けています。
 大笹原神社の広い境内には拝殿、本殿のほか、5つの境内社があります。本殿に向かって左手にある篠原神社本殿は応永32(1425)に建てられ、国の重要文化財に指定されています。拝殿の横の庭には寄部(よるべ)の池があります。水不足から御輿を2基沈めて祈願したところ、どんな日照りの時でも水涸れがなくなったといわれています。


大笹原神社本殿(国宝)
 大笹原神社の本殿は須佐之男神(すさのおのみこと)ほか6神を祀っています。応永21年(1414)、六角氏の家臣であった岩倉城主・馬淵定信によって再建された建物です。間口3間、奥行3間、単層、入母屋造り、檜皮(ひわだ)葺きで、向拝1間が付いています。
大笹原神社本殿
 本殿は出三斗組(でみつどぐみ)と蟇股(かえるまた)で軒を支え、入母屋造りの屋根を乗せています。母屋は内々陣、内陣、外陣の3つに分かれています。蟇股や板扉、透かし彫りの欄間、向拝などにみごとな彫刻が施され、東山文化の様式が色濃く残されています。大笹原神社本殿は明治34年(1901)に国宝に指定されています
大笹原神社本殿

摂社篠原神社本殿(国重文)
 境内にある篠原神社本殿は石凝姥命を祀っています。応永32年(1425)の墨書銘が残されていて、大笹原神社本殿より10年ほど後に建立されています。一間社、春日造り(隅木入り)の建物で、素木(しらき)のごく簡素な社殿です。妻入り向拝があり、井桁の土台上に4本の丸柱を立て、平面は方一間です。高欄付の縁を廻らし、正面には階段を付けています。
篠原神社本殿
 篠原神社本殿は昭和6年(1931)に国の重要文化財に指定されています。そして、ここには鏡餅造りの神である石凝姥命(いしこりとめ)が祀られています。「餅の宮」とも呼ばれ、鏡餅の元祖になっています。平安時代より「篠原」は宿駅で、ここで取れる餅米は良質で篠原餅として名物になっていたようです。
篠原神社本殿

大笹原神社拝殿
 大笹原神社の拝殿は間口4間、奥行3間、入母屋造り、単層、四方は吹き放しの建物です。手前には石造りの狛犬1対や常夜燈あります。
大笹原神社拝殿


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