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和歌山の旅と歴史
和歌山の旅    紀の川市

粉河寺
こかわでら
和歌山県紀の川市粉河2787
Tel 0736-73-4830


 風猛山(ふうもうざん)粉河寺は粉河観音宗の総本山です。西国三十三カ所第3番札所として知られています。清少納言の枕草子に「寺は壺坂、笠置、法輪(中略)石山、粉川、志賀」と粉河寺の名も出てきます。
 奈良時代末、宝亀元年(770)、大伴孔子古が現在の本堂の場所に草庵を結び、千手観世音菩薩を本尊として粉河寺は創建されたそうです。
 最盛期には七堂伽藍、塔頭550坊、寺領4万石を有し、高野山、根来寺に次ぐ勢力を誇りましたが、豊臣秀吉の紀州攻めで諸堂を焼失しました。現在の堂宇は江戸時代に再建されたものです。
 江戸中期の代表的な寺院建築物で、西国札所の中では最も大きい本堂を初め、大門、中門、千手堂の4棟は国の重要文化財に指定されています。また童男堂は和歌山県の有形文化財に指定されています。
 寺宝の紙本著色(しほんちゃくしょく)粉河寺縁起は鳥羽僧正筆で国宝です。本堂前の左右に築造された粉河寺庭園は、桃山時代の枯山水の庭園で上田宗箇の作庭といわれており、国の名勝に指定されています。


粉河寺本堂(国重文)
 粉河寺の本堂は宝亀元年(770)の創建で、現在のものは江戸時代中期の享保5年(1720)に再建された建物です。他に類例を見ない特異な形態で、単層・総本瓦葺きの屋根の礼堂と二重・総本瓦葺きの屋根の正堂とが結合した複合仏堂の形式になっています。
粉河寺本堂
 正堂は間口7間、奥行6間、両側面と背面に庇がある二重の入母屋造りで、正面には軒唐破風が付いています。礼堂は間口7間、奥行4間、単層、入母屋造りで、正面に千鳥破風が付いています。正面の3間の向拝にも軒唐破風があり、背面中央部を正堂に組み込んでいます。
粉河寺本堂
 様式的には、虹梁(こうりょう)形の頭貫(かしらぬき)や台輪(だいわ)を使っていることや、正堂の組物を詰組とする点などで、細部に禅宗様の要素がみられます。内陣の厨子の内深くに秘伝の本尊千手観音菩薩が祀られています。平成8年(1996)に国の重要文化財に指定されています。
粉河寺本堂

粉河寺中門(国重文)
 粉河寺中門は入母屋造り、本瓦葺きの三間一戸の楼門で、両側面袖に塀が附属しています。左右の間に四天王像を安置し、正面には軒唐破風を付けています。長い年月をかけて天保3年(1832)に完成させています。
粉河寺中門
  「風猛山」の扁額は紀州10代藩主・徳川治宝(はるとみ)の直筆です。三間二戸の桜門として標準的な規模をもち、軒まわりまで良質の欅材で繊細な建物に仕上げています。平成8年(1996)に国の重要文化財に指定されています。
粉河寺中門

粉河寺千手堂(国重文)
 粉河寺の千手堂(せんじゅどう)は本堂の左に建てられています。方三間、単層、宝形造り、本瓦葺きで、正面に1間の向拝を付けています。江戸時代後期の宝暦10年(1760)に建てられた小さなお堂です。細部様式で本堂と同じ技巧が取り入れられているそうです。
粉河寺千手堂
 堂内の正面に秘仏の本尊・千手観世音菩薩を安置しています。両側の祭壇には紀州歴代藩主とそのゆかりのある人々の位牌が祀られています。千手堂は平成8年(1996)に国の重要文化財に指定されています。
堂粉河寺千手堂

粉河寺大門(国重文)
 粉河寺の大門は境内の入口に建てられています。本瓦葺き、入母屋造りの、三間一戸の楼門です。江戸時代中期の宝永4年(1707)に再建された建物です。仏師・春日作と伝えられる金剛力士像を安置しています。平成8年(1996)に国の重要文化財に指定されています。
粉河寺大門

粉河寺童男堂
 粉河寺童男堂は正堂と礼堂からなり、千手観音の化身とされる祀童男大士を祀っています。江戸時代中期の延宝7年(1679)の建立です。和歌山県の有形文化財に指定されています。例年12月18日に終り観音の童男会が営まれます。
粉河寺童男堂

粉河寺庭園(国名勝)
 粉河寺庭園は中門から本堂までの両翼に築かれた石組の庭です。緑泥片岩を主に、巨大な岩石が変化に富む手法で組まれています。ツツジなどが石の間隙をうずめ、ビャクシン・シダレザクラ・ソテツなどが組み合わされています。昭和45年(1970)に国の名勝に指定されています。
粉河寺庭園


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