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和歌山の旅と歴史
和歌山の旅    和歌山市

和歌浦天満宮(天満神社)
わかうらてんまんぐう(てんまんじんじゃ)
和歌山県和歌山市和歌浦西2ー1ー24
Tel 073-444-4769


 和歌浦天満宮は雑賀山の中腹、東照宮のすぐ西側に位置しています。法人としては天満神社となっています。菅原道真が祀られ、大宰府天満宮、北野天満宮とともに日本の三菅廟といわれています。和歌浦一円の氏神として尊崇され、学問の神とされることから毎年多くの受験生が訪れています。
 延喜元年(901)、菅原道真は大宰府に流される途中、海上の風波を避けるために和歌浦に船を停泊させました。ここで「老を積む身は浮き船に誘はれて遠ざかり行く和歌の浦波」 、「見ざりつる古しべまでも悔しきは和歌吹上の浦の曙」という2首の歌を残しました。
 その後、村上天皇の康保年間(964 - 968)に参議であった橘直幹(たちばなのなおもと)が大宰府からの帰路、道真を追慕して、この地に神殿を建て道真の神霊を勧進して祀ったのがこの天満宮の始まりとされています。天正13年(1585)、羽柴秀吉の紀州征伐の兵火で社殿、神宝など灰燼に帰しました。
 慶長11年(1606)、浅野幸長が現在地の天神山の中腹を開墾して社地を造成、本殿、唐門、拝殿、楼門、東西廻廊などを再建しました。これが現存する社殿です。本殿、楼門、末社多賀神社本殿、末社天照皇太神宮豊受大神宮本殿など4棟が国の重要文化財に指定されています。


天満神社楼門(国重文)
 天満神社の楼門は入母屋造り、本瓦葺きの、一間一戸の楼門です。桃山時代の慶長10年(1605)に江戸幕府御大工棟梁の平内政信(へいのうちまさのぶ)などの手で建てられています。一間一戸門としては最大級の建築で、禅宗様を取り入れています。昭和10年(1935)に国の重要文化財に指定されました。
天満神社楼門

天満神社本殿(国重文)
 天満神社の本殿は間口5間、奥行2間、単層、入母屋造り、檜皮葺きで、正面に3間の向拝があり、千鳥破風が付いています。慶長11年(1606)に平内政信などの手で建てられています。 内外部ともに華麗な極彩色が施され、壁画は狩野・土佐両派の手によるものです。大正5年(1916)に国の重要文化財に指定されています。
天満神社本殿

末社天照皇大神宮豊受大神宮本殿(国重文)
 天満神社の末社である天照皇大神宮豊受大神宮本殿(てんしょうこうたいじんぐうとようけだいじんぐうほんでん)は本殿の東側後方の履屋(おおいや)内に鎮座する檜皮葺きの、二間社流造りの小規模な社殿です。桃山時代の慶長年間(1596-1615) に造られています。昭和49年(1974)に国の重要文化財に指定されています。
天照皇大神宮豊受大神宮

末社多賀神社本殿(国重文)
 天満神社の末社である多賀神社本殿(たがじんじゃほんでん)は天照皇大神宮豊受大神宮本殿の隣に鎮座しています。檜皮葺きの、一間社春日造りの小規模な社殿です。桃山時代の慶長年間(1596-1615) に造られています。装飾は豊富で、地域的特色を備えています。昭和49年(1974)に国の重要文化財に指定されています。
末社多賀神社本殿


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