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広島の旅と歴史
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縮景園
しゅっけいえん
広島県広島市中区上幟町2−11
Tel 082-221-3620


 縮景園は江戸時代、広島城主浅野家の別邸の庭園として作られ「泉水屋敷」と呼ばれました。昭和20年(1945)に原爆を投下され壊滅的な打撃を受け、昭和26年(1951)に復元・開園し、「縮景園」と改称されました。園の名称は、たくさんの景勝を集めて凝縮させた意味がありますが、中国杭州の西湖を模して縮景したとも伝えられています。
 元和6年(1620)、浅野家初代広島藩主・浅野長晟(ながあきら)は茶人としても知られる家老の上田宗箇に別邸の庭園を作庭させました。以後、歴代藩主によって徐々に拡張整備された回遊式庭園です。
 宝暦8年(1758)の大火で庭園は灰燼に帰しました。7代藩主浅野重晟(しげあきら)は、京都から庭師清水七郎右衛門を呼び寄せ、跨虹橋(ここうきょう)の造営など大改修を行いました。
 園の中央に濯纓池(たくえいち)があり、大小の島を浮かべ、周囲に山を築き、渓谷、橋、茶室、四阿(あずまや)などが巧妙に配置されています。梅、桜の名所としても有名です。
 明治時代以降は浅野家の別邸として利用され、「泉邸」と呼ばれていました。大本営が一時広島に移転した際は明治天皇の宿泊所に充てられたそうです。
 昭和15年(1940)浅野家から広島県に寄付され、国の名勝に指定されました。太平洋戦争中、縮景園は空襲時の市民の避難先に指定されていました。原爆被爆直後の園内は多くの被災者であふれました。浅野重晟が二度も築き直させたという跨虹橋は原爆の爆風にも耐えました。


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