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岡山の旅と歴史
岡山の旅       加賀郡吉備中央町

吉川八幡宮
よしかわはちまんぐう
岡山県加賀郡吉備中央町吉川3932
Tel 0866-56-7419


 吉川八幡宮のある所は、吉川の分水嶺にあたり、古代より神聖な土地と考えられていた所です。醍醐天皇の延喜年間(901-922)に地主神を八幡宮として祀り、約4km離れた黒山地区に松原八幡宮として鎮座していたといわれています。
 永長元年(1096)、京都の石清水八幡宮の別宮として建てられ、現在の地に遷座して吉川八幡宮となったようです。平安時代末期、吉川は石清水八幡宮の荘園であったことから両神社は身内の関係だったようです。
 その後、一時荒廃しますが、足利尊氏や豊臣秀吉らの諸武将の崇敬を集め、江戸時代初期の寛永年間(1624-1644)には備中足守藩主の木下淡路守の所領となり、同家の祈願所となりました。享和元年(1801)には幕府直轄として倉敷代官の支配下に入り、後に一ツ橋家の所領となりました。
 吉川八幡宮の鳥居は元禄4年(1691)に建てられています。随身門は桃山時代末期の遺構を残し岡山県の重要文化財に指定されています。門をくぐると、拝殿と本殿が丁字形につないだ特殊な形になっています。本殿は国の重要文化財に指定されています。
 吉川八幡宮を取り巻く社叢は岡山県の郷土記念物に指定され、毎年10月に行われる當番祭(とうばんさい)は、岡山県の重要無形民俗文化財に指定されています。約1カ月に及ぶ祭りで県下3大祭りの一つです。白装束の10歳前後の男の子が当番様となり、走り競べなど古式にのっとり行われます。

 吉川八幡宮の本殿は、幣殿を兼ね、渡廊で社務所とつながっています。また本殿は拝殿と丁字形につながっています。栩(とち)葺きの間口5間、奥行3間の入母屋造りです。棟札から室町時代初期の応永2年(1395)に再建された建物です。ただ組み物や蟇股などの特徴から、室町時代後期との見方もあります。
吉川八幡宮本殿
 吉川八幡宮の本殿は、正徳年間(1711-1715)に大修理が行われたようです。正面にある向拝部は幕末の元治元年(1864)に作り替えられています。大正14年(1925)に国の重要文化財に指定されています。
吉川八幡宮本殿
 本殿は平成8年(1996)より約3年をかけて解体修理が行われました。この修理の際に、建築部材の一部に縦引き鋸を使用せず、縦一列にノミを打ち込んで割る「打ち割り工法」というやり方が全国で初めて発見されました。
吉川八幡宮本殿

 吉川八幡宮の随神門は棟札から寛延3年(1750)に再建された建物で、両脇間に随神を祀っています。檜皮葺きで、正面が5.4m、側面2.9mの入母屋造り、平入りの八脚門です。かつては栩葺きで、明治45年(1912)に檜皮葺きになったと考えられています。昭和59年(1984)に岡山県の重要文化財に指定されています。
吉川八幡宮随神門

 吉川八幡宮の拝殿は棟札から元治元年(1864)に建てられています。全国的に見ても類例のない切妻造り、妻入りの拝殿の様式で、丁字形で本殿につながっています。栩葺きで、間口1間、奥行5間の縦長の拝殿です。石原久六河富という棟梁大工が施工しています。平成12年(2000)に岡山県の重要文化財に指定されました。
吉川八幡宮拝殿


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