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岡山の旅と歴史
岡山の旅       瀬戸内市

本蓮寺
ほんれんじ
岡山県瀬戸内市牛窓(うしまど)町牛窓3194
Tel 0869-34-2014


 経王山本蓮寺は法華宗本門流のお寺です。牛窓の豪族であった石原氏の居城・天神山城に連なる小高い丘に建っています。南北朝時代の正平2年(1347)京都妙顕寺の座主であった大覚大僧正が「牛窓浦法花堂」という道場を興したことに始まります。
 永享10年(1438)、京都本能寺を創建した日隆とその弟子・日暁が牛窓の石原氏の帰依を受けて諸堂を整え、長禄2年(1458)、日暁を開山として法花堂を本蓮寺と改めました。
 明応元年(1492)、本蓮寺二世となった日澄が石原氏を檀那として本堂を建立しました。石原氏の保護のもと牛窓の繁栄の象徴となり、室町時代から戦国時代にかけ、備前国における日蓮法華宗の布教の拠点となりました。
 牛窓は古来より風待ち・潮待ちの港として栄えたところです。江戸時代には朝鮮通信使が寄港し本蓮寺に滞在し、岡山藩の饗応を受けました。牛窓本蓮寺境内は朝鮮通信使遺跡として国の史跡の指定を受けています。本堂、番神堂(三祠)、中門は国の重要文化財に指定され、祖師堂、三重塔は岡山県の重要文化財に指定されています。

 本蓮寺本堂は棟木下端の墨書銘から、明応元年(1492)に再建された堂宇です。日蓮門下各寺院の本堂の中で最も古い建物で、昭和17年(1942)に国の重要文化財に指定されています。
本蓮寺本堂
 本蓮寺本堂は本瓦葺きで、間口5間、奥行5間で、1重の寄棟造りです。正面には向拝をつけています。軒は二重疎垂木(まばらたるき)化粧木舞裏(こまいうら)です。室町様式に桃山風の装飾が取り入れられている優れた建造物です。
本蓮寺本堂
 柱は総円柱で、柱頭は室町時代の特徴を表しています。方三間の内陣の柱長押(はしらなげし)、頭貫(かしらぬき)、壁面などは極彩色にされています。均整のとれた外観で、大棟、隅棟の曲線、化粧野地(けしょうのじ)、白漆喰の小壁の軒廻りなどに室町調の端整な美しさを見せています。
本蓮寺本堂

 本蓮寺中門は本堂再建の明応元年(1492)に建てられたとみられます。2本の柱を主柱とする棟門(むねもん)と呼ばれる形式で、切妻造り、本瓦葺きです。破風には形の良い鰭付蕪懸魚(ひれつきかぶらげぎょ)をつっています。昭和45年(1970)に国の重要文化財に指定されています。
本蓮寺中門
 大棟は熨斗(のし)積みで、両端に鬼瓦を付けています。軒は一軒大疎垂木で化粧木舞裏をみせています。本柱は円柱で、冠木(かぶき)より上部は面取された角束で大斗を受けています。通常は本柱2本だけですが、本蓮寺中門は4本の控柱があるめずらしい構造をしています。
本蓮寺中門

 本蓮寺番神堂は本堂再建の明応元年(1492)より少しあとに建立されたとみられています。番神堂は法華経を守護する三十日番神を祀っています。切妻造り、本瓦葺きの覆屋の中に東祠、中祠、西祠が祀られています。一番大きい中祠は、方一間、入母屋造り、平入、こけら葺きの一間社流造りです。
本蓮寺番神堂
 軒は二軒疎垂木で木舞裏をみせています。柱は総円柱ですが、向拝のみ面取柱になっています。天井は廻縁上に鏡天井を張り、内陣には三十番神の祭壇が置かれています。本蓮寺番神堂は昭和33年(1958)に国の重要文化財に指定されています。
本蓮寺番神堂

 本蓮寺祖師堂は開祖を祀る堂で、再建されたのは元禄4年(1691)と明和6年(1769)の2説があります。間口3間、奥行4間、入母屋造り、本瓦葺きで、中央に向拝をつけています。柱、梁、建具の簡素な美しさは建物を洗練されたものにしていて、江戸初期の落ち着きと厳しさを感じさせます。
本蓮寺祖師堂
 屋根の壮大さ各部に見せる優雅な曲線などに優れた和様の造形技術が残されています。外陣を全面開放することで豪快な構造美をみせるとともに、細部の絵様などによって華麗なものに仕上げられています。本蓮寺祖師堂は昭和57年(1982)に岡山県の重要文化財に指定されています。
本蓮寺祖師堂

 本蓮寺三重塔は棟札の写しから、江戸時代中期の元禄3年(1690)に建立されました。方三間(2.4m)、本瓦葺きで、総高18.1mの三重塔です。4天柱をもち、心柱を初重の天井裏から立てています。昭和55年(1980)に岡山県の重要文化財に指定されています。
本蓮寺三重塔
 軒は二軒繁垂木で、軒支輪で支えています。基礎は外柱が花崗岩の連続基礎、内柱が独立基礎となっています。柱は粽(ちまき)にした欅の円柱で、各重とも腰に高欄付縁をめぐらしています。組物は和様で初重は二手先、二重・三重は三手先として尾垂木を出しています。各重の四面には、花頭窓が取り付いていて、唐様の影響が認められます。内部には来迎壁を設けて須弥壇を置いています。
本蓮寺三重塔

 本蓮寺山門は18世紀中頃に建てられたとみられています。一間一戸の四脚門で、門の両側に本瓦葺きの真壁造りの袖壁(そでかべ)をつけています。屋根は切妻造り、本瓦葺きで、拝(おが)みに鰭付蕪懸魚(ひれつきかぶらげぎょ)を吊っています。
本蓮寺山門
 二本の本柱を大形の冠木(かぶき)で固め、本柱と控柱を頭貫(かしらぬき)で固定し、その上に斗きょうを組んで梁を支える四脚門です。本蓮寺山門は平成16年(2004)に瀬戸内市の重要文化財に指定されています。
本蓮寺山門

 本蓮寺境内は広島県福山市鞆の浦の福禅寺、静岡市清水区興津の清見寺とともに朝鮮通信使遺跡として平成6年(1994)に国の史跡に指定されました。日本と朝鮮国の善隣友好の使者として、12回渡日した朝鮮通信使が牛窓港に寄港した際に、三使の宿館として4回利用されました。
本蓮寺境内


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