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山口の旅と歴史
山口の旅    下関市

赤間神宮
あかまじんぐう
山口県下関市阿弥陀寺町4ー1


 赤間神宮は文治元年(1185)、源平合戦の最後、わずか8歳で壇ノ浦で沈んだ安徳天皇を祭った神社です。
 江戸時代までは真言宗のお寺で聖衆山阿弥陀寺というお寺だったそうです。阿弥陀寺町といまでも地名には残っています。
 明治の神仏分離により阿弥陀寺は廃され、神社となって「天皇社赤間宮」と改称されました。昭和15年(1940)官幣大社に昇格し赤間神宮となったのです。
 文治元年(1185)の壇ノ浦の戦いで入水した安徳天皇の遺体は御裳川で引き上げられ、阿弥陀寺境内に埋葬されました。
 建久2年(1191)、勅命により御陵に御影堂が建立されたそうです。以後、勅願寺として崇敬を受けました。
 安徳天皇の命日は壇ノ浦合戦のあった3月24日ですが、赤間神宮が神社として成立した明治8年(1875)に新暦に換算されました。以来5月2日を安徳天皇命日として、毎年3日間追悼祭典が行なわれています。
 第二次大戦により社殿を焼失し、昭和40年(1965)新社殿が再建され現在に至っています。
 高浜虚子の「七盛の墓包み降る椎の露」という句が境内に残されています。
 境内には安徳天皇陵があるほか、七盛塚と呼ばれる平家一門の墓があります。源平壇之浦の合戦で平家が滅亡して以来、関門海峡で海難事故が頻発し、平家の怨霊が騒ぎ出したためと恐れられていました。
 下関近辺に散在していた平家の墓標をこの地に集約して1600年ごろに建てられた、平家一門の供養碑なのです。
 また境内には芳一堂があります。 「耳なし芳一」を祀り、芳一の木像を安置しています。小泉八雲ラフカディオハーン怪談「耳なし芳一」で有名になりました。


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