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韓国の旅    水原

水原
スウォン
 水原に行くと市内のどこからでも世界文化遺産に指定された華城の城郭を眺めることが出来ます。華城は韓国の伝統的な建築様式だけでなく、石積みの仕方などは欧州の様式も取り入れてあり、美しい造形美を生み出しています。
 水原は西暦1789年、朝鮮王朝第22代王である正祖が計画的に造った都市です。彼は自分の父である荘献世子の墓を楊州から当時、水原の管轄下にあった華山の麓に移し、そこにいた住民を八達山の麓に移住させて新都市である水原を建設したのです。荘献世子は彼の父である英祖によって櫃の中に閉じこめられ餓死するという非業の死を遂げた人でした。
 正祖は華城と改称して八達山一帯が新しい中心地となりました。そして1794年1月に領中枢府事である蔡済恭の主管の下で八達山に城郭を築造することになり2年後の1796年9月についに華城を完工させました。
 しかし、完成直後に正祖が亡くなったため、遷都計画は中止されたのでした。楼閣は朝鮮戦争の時に大半が破壊されましたが、1975年から復元工事が開始され、築城当時の史料をもとにほぼ完璧に復元されています。
 1997年には世界遺産に登録されました。一巡りすると5.7kmありますので時間が必要です。
 正祖は城郭内の八達山のふもとに華城行宮を建て、父親の墓参りをしたそうです。その華やかな隊列は、毎年10月10日前後に行われる華城文化祭の中で再現されるそうです。
 蒼竜門、華西門、八達門、長安門などの四大門をはじめと暗門、水門、敵台、空心敦、烽敦、砲楼、将台、角楼、鋪舎など各種の防御施設を備えています。
 華城は昔から受け継がれてきた伝統的な築城経験をもとに奎章閣の文臣丁若若などの科学的知識を活用しただけでなく武器の発達と中国の築城技法を総合的に応用して築き上げられた堅固で大変美しい城なのです。
 石とレンガを混ぜて使用した工法や各種科学機器を利用して工事に使われる資材を規格化した点、また火砲を使用することができるように防御施設を構築した点など特筆すべき点です。
 華城は中国や日本などで見られない平らな城の形をしています。軍事的防御機能と商業的機能を共に保有していて、施設の機能が非常に科学的で合理的かつ実用的な構造でできているのです。



 水原は京畿道の道庁所在地でもあります。また骨付きカルビ焼きの発祥の地でもあります。市の東側、遠川沿いにはカルビ店が密集しています。日本語を勉強している人たちと一緒に食事しました。
 現地の方と一緒に食事して驚いたことは、自分の口に入れたスプーンを平気で共通の総菜の中に入れることです。また肉が切れないでいるとはしとはしを合わせてきますし驚かされっぱなしでした。


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