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世界の旅
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世界遺産 ザルツブルク 旧市街
ザルツブルグ
Salzburg

 ザルツブルクは人口約20万人、同名の州の州都でもあります。
「ザルツブルク・フェスティバル」とモーツァルトの生誕地として世界中にその名を知られています。中世が息づく本当に美しい街です。
 ドイツのミュンヘンから列車で2時間、オーストリアの首都ウイーンからは4時間の位置にあります。
 ミュンヘンを州都とするバイエルン地方とも、ハプスブルク王朝の首都だったウイーンとも異なった、独自の雰囲気を保っています。
 ザルツブルクは古い町で、昔から塩の産地として栄えてきました。塩の交易は2000年にもわたって続けられ、街の発展の基盤となりました。
 ザルツブルクのザルツは塩(Salz)という意味です。
 798年に大司教座となって以来、政治的、文化的にローマ法王庁との結び付きがとても深く「北のローマ」と呼ばれました。
 ローマ帝国が滅亡してから荒れ果ててしまいましたが、廃墟と化したザルツブルクをルペルトという司教の方が蘇らせたということです。
 司教が造った修道院が大司教区領ザルツブルクの礎となったということです。
 大司教は、中世ヨーロッパではたいそうな富と権力を有しました。ザルツブルクでは彼らが建てた堅牢な要塞や豪華な城あちらこちらに見られます。
 ウィーン会議の決定に基づき1816年最終的にオーストリア領となりました。
 旧市街はユネスコ世界文化遺産に指定されています。


モーツァルトの生家
 ゲトライデ通りにあるモーツァルトの生家です。
 この建物の4Fで、1756年1月27日にモーツァルトが生まれ、18年間暮らしたそうです。中は博物館になっていますが、1階は食料品屋さん。
モーツァルトの生家は三部屋の天井の低い建物でした。窓からは教会の塔が見えました。
モーツァルトの生家の前では名物の焼き栗の屋台が出ていました。 彼が最初に使った楽器類をはじめ自筆の楽譜や少年時代の肖像画などを展示する記念館として公開されています。
旧市街はほとんど全域が歩行者天国となっており、そのほぼ中央を東西に貫いているゲトライデガッセが一番の商店街。中世風の鍛鉄細工の飾り看板がたくさん頭上に突き出ています。この通りのほぼ真ん中あたりにモーツァルトの生家があり記念館になっています。


モーツァルトの家
マカルト広場の「ダンスのマイスターの家」と呼ばれる家に1773年から1787年までモーツァルト一家が住んでいました。ここで多くの作品が書かれています。館内には実際に使った楽器などが展示されています。壁の色が薄いピンク色で可愛いです。

ドプラーの家
ドプラー効果とは、移動するものからでてくる電磁波の波長は、移動のスピードによって変化するという現象です。例としてよくだされるのが、サイレンです。パトカーなどのサイレンが近づいてくるときはサイレンの音は高くなり(波長が短くなり、周波数が大きくなる)、通りすぎたとたん、音が低くなります(波長が長くなり、周波数が小さくなる)。これが、音に対するドプラー効果です。これを世に出したドプラーの家です。

三位一体教会


カラヤンの家
カラヤンの生家。現在は銀行となっており、プレートが残されるのみ。オーケストラ作品からオペラまで、きわめて広いレパートリーを持ち、感情豊かでバイタリティあふれる演奏、圧倒的なカリスマ性で、今世紀最大の指揮者の一人と称されています。

祝祭劇場
ザルツブルク音楽祭のメイン会場です。
内部は大劇場、小劇場、そしてメンヒスベルクの岩を利用したフェルゼンライトシューレ劇場になっています。

馬洗い池



サンクト・ペーター教会
 690 年聖ルペルトゥスが開いた僧院は、アルプス東部におけるキリスト教文化の先駆けをなすものでした。
 ロマネスク建築の上に、バロックの装飾が施されております。
墓地内には初期キリスト教時代の祈祷のための洞窟(カタコンベ)があります。


モーツァルト生誕地としての誇りがあり、毎日多くのコンサートが開かれ町中に音楽が溢れています。
町中のロマンチックな路地は、神聖で荘重な建造物の間を縫い、広々とした広場へと流れ、やがてまた、歴史の重みを感じさせる数百年前の風格ある館の間を抜けて行きます。



ホーエンザルツブルク城塞
 メンヒスベルク山頂から市街地を見下ろす城塞は大司教の戦略的拠点でした。最初は大司教ゲプハルトの隠れ家でした。そこは外敵ばかりでなく宗教領主に対抗する世俗権力の台頭に備えたものでした。
1077年に建築が始まって以来、歴代大司教が増築、1681年に現在見られる外観となりました。
 中世の城塞建築としては中部ヨーロッパで最も良く保存されたもののひとつで、内部には博物館のほか、大広間、礼拝堂、 「ザルツブルクの雄牛」と呼ばれる大オルガンなどがあります。

大聖堂ドーム

 767〜 774年聖ヴィルギルが建立しました。12世紀のロマネスク建築が消失して後、大司教マルクス・シティクスのもとで建築家ソラーリによって1614年建設開始され1628年に完成しました。
 アルプス以北最初のイタリア・バロック教会であす。ドーム前では毎年、ホフマンスタールの「イェーダーマン」が上演されます。モーツァルトはこの教会で洗礼を受けオルガン奏者もつとめました。大聖堂は1万人を収容できる大きさで、ヨーロッパ最大のパイプオルガンがあるそうです。


岩塩鉱のおかげで、街はザルツブルクという名前(塩の城)と富の両方を手に入れ、長く 大司教が支配する独立した荘厳なバロック都市として栄えてきました。


大司教の宮殿
レジデンツ

1120年に建てられた大司教館に替えて1596〜1792年、ローマの宮殿様式により建築された大司教の居城です。バロック絵画や大広間を見学することもできます。180もの部屋や絵画ギャラリーがある大宮殿で、ザルツブルク音楽祭のコンサートも行われるということです。
レジデンツの泉
広場の中央を飾る大噴水は、アルプス以北で最も美しいバロック噴水のひとつといわれています。レジデンツと泉の前には馬車が客待ちをしています。
ぼんやり歩いてると危ないですよ。

モーツァルト広場

モーツァルト広場というのも、大聖堂の近くにあります。
ここにはモーツァルトのブロンズ像が大聖堂とホーエンザルツブルク城を見ていました。


ミラベル宮殿と庭園

四季折々の美しさが楽しめる18世紀の庭園

▼季節の花が咲き誇るミラベル庭園

 ミラベルとは「美しい眺め」の意味で、その名のとおり正面にホーエンザルツブルク城を望む絶景が広がる美しい庭園です。四季折々に美しい彩りを見せる花壇や噴水、彫像などが配され、敷地内にはディートリヒ大司教が愛人のために建てたといわれるミラベル宮殿があります。宮殿には大理石づくりの「天使の階段」やモーツァルトが御前演奏をしたといわれる「大理石の間」などがあり、現在はこの宮殿で室内楽コンサートや結婚式などが行われることが多いそうです。
このほかルーベンスなどの作品が鑑賞できるバロック美術館も併設しています。


 1606年にミラベル宮殿は建てられました。当初はアルテナウ宮殿と呼ばれていたようです。映画「サウンド・オブ・ミュージック」でトラップ大佐の家として撮影された場所でもあります。
ミラベル庭園は1690年ヨハン・エルンスト・トゥン大司教がフィッシャー・フォン・エアラッハに造らせたものです。ギリシャ神話がモチーフになった石像、花壇や噴水があり、「サウンド・オブ・ミュージック」でドレミの歌が歌われたのはここです。



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