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世界の旅
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ウィーン
音楽の都、ウィーン。
街全体が美術館の様な美しい街です。



シェーンブルン宮殿

ハプスブルク家の栄華を今に伝える

Schloss Schoenbrunn
夜のコンサートも感動的でした。

悲劇の王妃マリー・アントワネットも過ごしたことがあり、モーツァルトが初めての御前演奏を行ったという豪華な宮殿です。女帝マリア・テレジアの時代にハプスブルク家の夏の離宮として建てられたもので、ベルサイユ宮殿に対抗して建てられたといいます。庭園やグロリエッテ、ネプチューンの泉の美しさもさることながら建物内部の優美なロココの金箔をふんだんに使った装飾、そして家具やボヘミアングラスのシャンデリアなどすばらしさに驚愕させられます。ウィーン会議が行われた大広間、マリア・テレジアの前でモーツァルトが演奏した鏡の間、マリー・アントワネットの部屋、皇帝フランツ=ヨーゼフや皇妃エリザベートが生活した部屋、最後のカール1世が1918年退位宣言に署名してハプスブルク帝国が640年の歴史に幕を閉じた部屋など宮殿内部だけでも見どころは盛りだくさんでした。



ベルベデーレ宮殿

   17世紀の対トルコ戦争の英雄、P・オイゲン公の夏の離宮でした。
 幾何学模様の美しい庭園をはさんで上宮、下宮に分かれています。特に上宮からの眺めは素晴らしく、ベルベデーレ(美しい眺望)という名がついたといいます。
ベルベデーレ宮殿は広くて静かな庭園に囲まれています。そこに現れているハプスブルグ家の趣味が、いろいろな音楽や、装飾や絵画にいたるまでつながっていると思いました。ベルベデーレ上宮は、オーストリアギャラリーとなっており、19世紀から20世紀に至る近代絵画の数々が展示されています。ここにある代用的な作品は、エゴン・シーレやクリムトの傑作です。クリムトの「接吻」は特に有名です。


シュテファン広場周辺

 リングに囲まれた旧市街のほぼ中心に位置します。
 シュテファン大聖堂がそびえる広場周辺と、そこから縦横に延びる各通りに観光名所が集中しています。
 路上では曲芸をやっていたり、舞踏会のチケットを売っていたり、コンサートをやっていたり本当に楽しい広場周辺です。


路上コンサート



ホーフブルク(王宮)

最初は1220年に建てられ、歴代の君主たちが次々と建て増していったといいます。そのため様式が違う建物の集合体となっています。ミヒャエル広場に面した部分には王宮・宮廷銀器コレクションの建物がある。多種多様な食器調度品のコレクションは庶民の生活とは全く違う華やかな宮廷の世界を知ることができる。おびただしい展示品の数には驚くばかりである。他方にはエリザベートの居室や謁見室等の部屋がありました。
旧王宮内で最も古い館はスイス宮です。王宮中庭とをむすんでいるスイス門は16世紀のルネサンス様式の色鮮やかな門です。マリア・テレジアにより警備を任されたスイスの近衛兵にちなんでスイス門と名付けられたのだそうです。



新王宮
威風堂々たるネオ・バロック様式の王宮です。ハプスブル家の権威を象徴するかのように、双頭のの鷲が正面上方へ翼を広げています。その前に広がる庭園や、王宮前にある美術館とカール大公やマリア・テルシアの像、そして時代が100年以上も逆戻りしたかのような錯覚におちいる馬車の列がより荘厳な雰囲気を出しています

あまりにも豪奢な王宮建築とその調度品、財宝の数々に、 私は衝撃をうけた。豪華絢爛の異質の世界をこの王宮に見た。 新王宮の宝物目もくらむばかりの大粒の宝石がちりばめられている帝冠、王冠。ハプスブルグ家の財力と権力がうかがえる。
新王宮の正面入り口に入った途端に、あっと目を見張るものがある。 ゆるい弧を描いて、左右に広がる回廊には、天上部まで、高くそびえる大理石の石柱が整然と並んでいる。
ナチスドイツがオーストリアを合併したとき、ヒトラーによりハプスブルク家の王冠や 宝石類の財宝は国外に運び出されましたが、ナチス崩壊後、1954年に戻されたということです。

カール教会
ウィーンで最も美しいバロック教会といわれています。一対の大円柱には螺旋状のレリーフが刻まれています。ペストに冒された市民の惨状が描かれているのです。

ヴォティーフ教会
黒ずんだ建物とは対照的な白い屋根のヴォティーフ教会です。1853年この場所でフランツ・ヨーゼフ皇帝が暗殺されそうになりました
 上着のボタンが命を救ったのです。弟のマクシミリアン大公が無事を感謝してこの場所に教会を献納したということです。

市庁舎
1883年にネオ・ゴチック建築の名手フリードリフ・フォン・シュミットが建てた傑作です。党の高さは98mあるそうです。夏は中庭でコンサートが開かれます。クリスマスにはツリーが飾られイルミレーションがとてもきれいだそうです。

国会議事堂
1883年に19世紀後半折衷主義のテオフィル・フォン・ハンセンによって建設されたということです。8本の大列柱の入口の上にはギリシャ・ローマの学者や政治家たちが彫られ、アテナの噴水もあります。

ブルグ劇場
 ブルグ劇場はドイツ語圏の演劇界で最高権威を誇るネオ・バロック様式の劇場でです。
 正面が弧を描いてリングへ迫りだしています
 左右に広がる翼は大階段となって2階へ通じています。古典劇、現代劇が上演されています


ウィーン大学
ウィーン大学は1365年にルドルフ4世によって創設されたそうです。1883年にイタリア・ルネサンス様式のこの建物に移転したそうです。
 遺伝の法則のメンデルや精神医学のフロイトなど著名な人々を排出しているそうです。中庭の回廊にはフロイトの胸像があります。



美術史博物館

有名なマルガリータの名画を鑑賞

▼美術史博物館

写真

かつてはハプスブルク家のコレクションを集めて展示した宮廷美術館でした。この美術館は、ルーブル、プラド美術館と並ぶヨーロッパ屈指の美術館のひとつです。マリア・テレジア広場に建つこの美術館は北方ルネッサンスの画家たちの作品を中心とした数多くの絵画を所蔵しています。
玄関ホールの天井画はハンガリーの名画家ムンカーチの作品です。「農民の婚礼」「バベルの塔」「子供の遊び」「雪景色の中の漁師たち」などブリューゲルの作品群。ルーベンスの「毛皮を被う婦人」、ベラスケスの「白いドレスの王女マルガリータ」、ラファエロの「草原の聖母」なども鑑賞できるます。





シュテファン大聖堂

高い尖塔が目を引くウィーンのシンボル

▼屋根も美しいモザイク模様になっている

12世紀から3世紀以上もの年月を費やして建てられたオーストリア最大のゴシック寺院です。「シュテッフル」と呼ばれる137メートルの高さの南塔は14世紀に造られたもので、この寺院の目印になっています。現存で最古の部分は正面入り口にある13世紀建造の後期ロマネスク様式の門です。高さ61メートルの北塔は鐘楼で、内部にはオーストリア最大の鐘「プムメリン」が置かれています。これは17世紀末期に敗退したトルコ軍が置き去りにしていった大砲などを溶かして造ったものだそうです。寺院の裏手にはモーツァルトが「フィガロの結婚」を作曲したといわれる「フィガロハウス」があります。




中央墓地
1874年にこの墓地はつくられました。墓地というより公園という感じです。約35万の墓所には約300万の人が眠っているということです。
J・シュトラウスの墓
シューベルトの墓 ベートーベンの墓
映画「第三の男」のラストシーンに登場した並木道です。ベートーベン、シューベルト、ブラームス、モーツアルト、J・シュトラウス父子、スッペなど楽聖たちが眠る墓は第32A区に集まっています。



市立公園

有名なヨハン・シュトラウス像
1862年にリングにそって細長く造園されたイギリス式庭園です。シュトラウス像の他にもシューベルト、ブルックナーの記念像もあります。花時計もきれいでした。
王宮庭園
モーツアツトの銅像が有名です。新王宮の裏手にあります
木立に囲まれ、花壇の花々が美しい庭園です。


国立オペラ劇場
1869年に完成した国立オペラ劇場です。
ベネチア風ルネッサンス様式です。ほとんど毎日オペラやバレーの公演が行われています。私もオペラを見に行きました。オーケストラの前の桟敷席で豪奢な雰囲気でした。椅子の前に英語の字幕が出ていました。中休みの時などドレスアップした大勢の人がワインなど飲みあっていて上流社会の社交場なんだと実感しました。

壮麗な建物はヨーロッパオペラの名門劇場

▼リングに面して建つオペラの殿堂

パリ、ミラノと並ぶヨーロッパ3大オペラ劇場のひとつです。壮麗なベネチア・ルネッサンス様式の外観はウィーンの落ち着いた街並みに溶け込み、オペラの殿堂の風格を感じさせます。1869年にモーツァルトの名作オペラ「ドン・ジョバンニ」でこけら落としとなったこの劇場では、現在も7〜8月をのぞく毎日、一流のオペラやバレエを上演しています。ロココ調で統一された内装も華やかで、ゴブラン織りと大理石の広間、モーツァルトの「魔笛」をモチーフにしたフレスコ画など、見るべきものも多いです。毎年2月に開催される華麗な舞踏会「オパーンバル」も有名。


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