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東南アジアの旅    シンガポール



 日本から飛行機で6時間半。マレー半島の南端に位置するシンガポールは淡路島程度の島です。県も市もなく国全体が一つの都市という感じです。
 関税のないシンガポールには世界中から物が集まってきます。大規模ショッピングセンターがあるオーチャード・ロードはショッピングストリートとして有名で観光客も大勢集まります。政府関係のオフィスなどが集まるシティ周辺にはクラーク・キー、ボート・キーと呼ばれるお洒落な川沿いのスポットなどがあります。
 チャイナタウン、リトル・インディア、アラブ・ストリートといった複数の民族がそれぞれの伝統を守っている地区などもあります。
 シンガポールに、実質的に人が住み始めたのは、イギリスのスタンフォード・ラッフルズが上陸した1819年、つまり江戸時代の後期頃からですので国としての歴史はまだ浅いです。
 昭和16年12月8日、山下奉文軍司令官率いる第25軍の先遣隊は、マレー半島中東部のコタバルに上陸しました。翌年1月31日にはシンガポール島を臨む、ジョホールバルを占領しました。2月15日、ブキテマ北部のフォード自動車工場の一室で山下・パーシバル会談が開かれました。山下軍司令官の「イエスか、ノーか」の問いにパーシバル中将は無条件降伏を受諾し、シンガポールは陥落しました。



チャイナタウン

 昔はシンガポールのどこを歩いてもチャイナタウンのようなところがたくさんあったそうです。都市再開発という号令で次第になくなってしまったそうです。
 最近になってチャイナタウンが観光資源になると気が付いた政府は保存開発という名目に変え注目される地区になってきています。




観音堂
 幸福をもたらすとされる千手観音を祭る中国寺院です。ドリアンなどの果物市場があるブギス・ビレッジのウォータールー・ストリート沿いにあります。
 中国系の人々が線香と花を手に、熱心に祈る姿が印象に残りました。
 境内ではひざまずいて占い用の筮竹(ぜいちく)の入った筒を振ってお祈りしていました。



スリクリシュナン寺院
 スリクリシュナン寺院はヒンドゥー教の寺院です。入り口の上にはヒンドゥーの7大神の彫像が並べられています。ここに入るには靴を脱がなければなりません。
 入り口のところで3本の線香(1本は自分のいるこの世界、2本目は地獄、3本目は天国をそれぞれ意味しているらしい。)をたてて中に入りました。



アラブストリート
 インド・アラブ人系の人が多くちょっとエスニックの香りがする。また布地屋さんが多い



サルタンモスク
 巨大な金色のたまねぎドームが印象的なサルタンモスクがあります。アラブ・ストリートのシンボルになっています。
 サルタンモスクは1824年、旧シンガポール(タマセック)のフセイン・シャー国王の発起により建築されました。ラッフルズも支援しています。その後1924年に立て替えられ現在の姿となっています。
 一日5回の礼拝が行われています。一般の立ち入りはエントランスと回廊のみとなっています。



ラッフルズ・ホテル
 シンガポールを代表するラッフルズ・ホテルです。ここでランチを取りました。ロビーのコロニアルスタイルの装飾が高級リゾート風です。内装も、ややクリームがかった白い壁と焦げ茶色の木の床のツートーンが新鮮でした。



マーライオン
 シンガポールリバーの河口に位置するマーライオン像は高さ8mです。まるですべての外敵からこの国を守るかのように海に臨んでいます.ちなみに「シンガポール」とはインドネシア語で「ライオンの街」を意味するSing Purに由来するそう.まさに国の象徴にふさわしいオブジェです。


 市庁舎の隣りに建つ最高裁判所は1939年に建てられました。ヴィクトリア調の美しい建物で、淡いグリーンのドーム屋根と正面のコリント式の円柱が印象的です。
 国会議事堂は美しい白亜の外観をもつ建物です。こじんまりしていて国の会議が行われるとは信じがたい気軽さです。

 クラーク・キー

 ホテル・ニューオータニ近くのウオーターフロントに造られたレジャースポットです。
 19世紀のシンガポールを再現させたところで、豪邸を改造した格調高いレストランなどもありました。

 戦争記念塔がある公園です。


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