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スリランカの旅    ポロンナルワ
世界遺産指定都市
ポロンナルワ
Polonnaruwa

 コロンボから北東へ216キロ離れた所に位置するポロンナルワはスリランカの2番目の首都でした。ポロンナルワの王様たちは、南インドの王女と結婚することで戦略的な同盟を築きました。ポロンナルワの芸術と建築は、アヌラーダプラに比べると、南インドの色彩が強く影響しています。人口貯水池「パラークラマ・サムドゥラヤ」というスリランカで最大の貯水池があります。

 1017年、タミルのチョーラ王朝がランカー島の大半を支配したためシンハラ王朝は、アヌラーダプラからポロンナルワに遷都しました。
 1070年、シンハラ王のウィジャヤバーフ(Vijayabahu)1世が、チョーラ王朝をランカー島から追放しました。1187年から96年までシンハラ王のニッサンカ・マーラ(Nissasnka Malla)王が統治しました。
 1215年、タミルのカリンガ朝の国王マーガ(Magha)が1255年までポロンナルワを支配しました。
 1232年、シンハラ王のウィジャヤバーフ(Vijayabahu)3世が、ダンバデニヤ(Dambadeniya)に遷都しました。その後ここに首都は戻りました。
 1255年にシンハラ王朝が、ポロンナルワを完全放棄撤退しました。



宮殿跡
The Royal Palace
 パラークラマ・バーフ1世の宮殿跡です。煉瓦造りの重厚なものです。当時は7階建ての建物だったそうですが今残っているのは3階部分の壁しか残っていません。
 壁の厚さは3mと頑丈です。柱は36本ありホールの屋根を支えていたようです。宮殿には50室も部屋があったそうです。



ニッサンカ・マーラ王の沐浴場
Kumara Pokuna
 宮殿の南東、城壁の外側にニッサンカ・マーラ王の沐浴場があります。ワニの口の形をした水の樋口が有名です。



閣議場
King's Council Chamber
 宮殿跡から北東100mくらいのところにある遺跡は閣議場と呼ばれています。数多くの石柱には大臣の名前が彫ってあり、閣議の時には自分の場所が決められていたそうです。
 ライオンが彫られているところは玉座になり、王が座った場所です。玉座の右隣から皇太子、将軍、閣僚、大蔵大臣、記録係とつづきました。記録係と続きました。
 左隣には知事が座り、その後ろに商人や貴族の席があったようです。




シヴァ・デェーワーラヤ No.1
Siva Devala No.1
 ポロンナルワ時代末期、13世紀の創建のヒンドゥー教の寺院の跡です。当時の王妃の一人がヒンドゥー教であったというの説と南インドのチョーラ王朝の侵略時に建てられたという説があるようです。



クォー・ドラングル
Quadrangle
クォードラングルというのは四辺形の意味でとおり城壁に囲まれた方形の中に、12の遺跡が集まっているのです。シンハラ王朝の時は12の仏歯寺などがあったところです。



ラター・マンダバヤ
Lata Mandapaya

 王様が読経を聞いた場所とされています。柱がハスの茎の形を表す曲線形、その上にハスのつぼみが乗っています。




トゥーパラーマ
Thuparama
 クワドラングルの南入口から入って左側にトゥーパーラーマはあります。四角い形をした重厚な仏堂です。
 この壁も2mくらいの厚みがあります。堂内に仏像があり裸足で中にはいることが出来ます。中は一続きになっていました。
シンハラ建築のゲディゲ様式(Gedige)で薄暗い堂内に朝と夕は日が差し込むように出来ています。仏像はかなり傷んでいるものもありました。



ワタダーゲ
Vatadage
 ワタダーゲと呼ばれる円形の仏塔跡です。7世紀の建立でシーラ・メーガワンナ王の作と伝えられています。ポロンナルワが首都になる前に建てられていたといわれています。
 この仏塔はクォードラングルでひときわ目立っています。四方に入り口があり、ガードストーンとムーンストーンがあります。
 ガードストーンは入口から悪魔が入るのを防ぐために造られています。内部の本尊を守るため仏塔や仏寺の入口に建っています。
 左右対のガードストーンの手前の階段下にはムーンストーンが造られています。ムーンストーンは輪廻を表わしています。
 アヌラーダプラのムーンストーンには4種類の動物が描かれていましたがインド・タミルとの影響でヒンドゥーの神の一つである牛は死を象徴しているので抜けているのです。 



アタダーゲ
Atadage
 11世紀にウィジャヤバーフ1世によって建てられた仏歯寺跡です。アタダーゲとは8つの遺宝の家という意味だそうです。




ハタダーゲ
hatadage
 12世紀にニッサンカ・マーラ王により建立された仏歯寺跡です。ワタダーゲのちょうど向かいに位置しています。門を入った右側の壁にニッサンカ・マーラ王を称えるサンスクリットの碑文があります。




ガルポタ
Gai-Potha
 ニッサンカ・マーラ王により造られた石にかかれた古代の本です。 Stone Book (石の本)と呼ばれハタダーゲの東側の椰子の葉の本の形をした石碑です。 
 碑文にはインドの侵略者のことや、ポロンナルワの周りの小国との関係、王への賞賛の言葉などが彫られています。



サトゥマハル・プラサーダ
Satmahal Prasada
 クワドラングルの北の端にある7階建てのこの建築物はサトゥマハル・プラサーダです。タイのワット・クークット寺院に似ているのでタイから来た建築士が建てたものだといわれています。 



ダーガバ
キリ ヴィハラ
Kiri Vihara
 キリとはシンハラ語でミルクのことだそうです。昔の漆喰がこのミルク色していたのでこの名が付いたということです。このダーガバ、何と700年間ジャングルに眠っていたそうです。しかも修復なしで風雨に耐えてきているのです。



3石像アーナンダ
ガイドブックには屋根がなくアーナンダの憂いに満ちた表情が良くわかるのですが屋根が出来たためとらえることが出来ません。



ガル・ヴィハーラ
Gal Vihara
 1枚岩から作られています。全長14mもあるそうです。 立像は高さ7メートルです。
涅槃像
まだこの涅槃像の屋根は建設中です。3体の仏像は一つの岩山を彫ったものです。



ランカティラカ
Lankatilaka
 高さ17.5m、長さ52m、幅18mです。
 13世紀にパラークラマ・バーフ3世により建立され、ウィジャヤバーフ王5世により修復されました。 
 ここも靴を脱いで入らなければいけません。また、仏像にお尻を向けることはタブーとされていて、仏像をバックに写真を撮ることはできません。


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